東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)19号 判決 1989年2月28日
原告 藤村瑛二
被告 特許庁長官
主文
1 原告の審決取消の請求を棄却する。
2 原告の進歩性確認の訴えを却下する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 (審決取消の訴え)
特許庁が昭和六二年審判第四九四三号事件について昭和六二年一二月一七日にした審決を取り消す。
2 (進歩性確認の訴え)
原告が昭和六〇年一二月一三日特許出願をした名称を「新エス・エス型交換方式」とする発明に進歩性があることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
主文同旨の判決。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四五年五月二一日出願の昭和四五年特許願第四三五八四号(以下「原出願」という。)からの分割出願として、昭和六〇年一二月一三日、名称を「新エス、エス型交換方式」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき特許出願(昭和六〇年特許願第二七九〇三四号)をしたところ、昭和六二年二月三日拒絶査定を受けたので、同年四月二日審判を請求し、昭和六二年審判第四九四三号事件として審理された結果、昭和六二年一二月一七日、「原査定を取り消す。本願は、更に審理に付すべきものとする。」との審決があり、その謄本は昭和六三年一月三〇日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
継続する交換局を包含する通信系において、交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態において送出する手段と、該交換接続用信号を伝送する線路的手段と、該線路的手段に接続されて交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段と、該レジスタ的手段の蓄積する情報によつて通信出線を行先別に選択する選択接続手段とを具備し、前記線路的手段によつて前記本体情報をも伝送することを特徴とする、新しいステツプ・バイ・ステツプ型交換方式。(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
本願発明は、線路的手段に、交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段が接続され、この線路的手段によつて本体情報をも伝送することを、構成に欠くことができない事項とするものであり、本件情報は、交換接続用に供されない情報であつて、発呼者と被呼者との間における通話等の情報をいうものと認められる。
これに対し、昭和四五年特許願第四三五八四号(以下「原出願」という。)の願書に最初に添付した明細書及び図面には、前記レジスタ的手段が接続される線路的手段に伝送される情報としては、交換接続用情報が記載されているだけであり、この線路的手段によつて本体情報をも伝送することについては、何らの記載も認められない。
請求人(原告)は、「原発明中“線路的手段”とは、原発明中では交換接続用情報を伝送する用のみに使用されたが、その構造そのままに、信号形態を適合させさえすれば、本体情報を伝送し得ることは自明である。」旨主張する。しかしながら、原出願の願書に最初に添付した図面の第3図(別紙図面(二)参照)において、信号用共通線は、交換接続用情報を伝送するにすぎないものであり、そこに伝送される情報が被呼者へ到達するものではないから、前記線路的手段により本体情報を伝送することが自明であるとすることは根拠がなく、請求人の前記主張は採用できない。
したがつて、本願発明は、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲外の事項を構成に欠くことができない事項とするものであるから、本願発明が、原出願に包含された発明であるということはできない。してみれば、本願は特許法(昭和三四年法律第一二一号)第四四条第一項で規定する要件を備えていないものであり、本願について同法同条第三項の規定は適用されないものである。
そうすると、本願は、現実の出願日である昭和六〇年一二月一三日に出願されたものとされる結果、昭和四五年法律第九一号により改正された特許法の第四八条の二の規定の適用を受けるものである。そして、この規定によれば、特許出願の審査はその特許出願についての出願審査の請求を待つて行うものであるところ、原査定は、これに違反してなされたものであるから、その点において違法であつて、取り消しを免れない。また、出願審査の請求がなされていない本願についてさらに審理を進めることは適当でないので、特許法第一六〇条第一項の規定を適用して、これを更に審査に付すべきものとする。
四 審決の取消事由
審決は、本願発明の要旨である技術的事項が原出願の明細書及び図面に記載されているにもかかわらず、これを看過誤認した結果、本願発明は原出願に包含されないものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
ところで、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「原明細書」「原図面」という。)は、その後、昭和五八年八月一八日手続補正をしたが、右補正は却下されたので、原告は、補正却下決定取消の訴えを提起し(東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第二八七号事件)、右却下決定を取り消す旨の判決を受け、右判決は確定した。原告は、その間、更に昭和五九年四月二四日手続補正をしたところ、右補正については却下を受けることはなかつた。したがつて、右各手続補正はいずれも適法なものであり、その補正された明細書及び図面が昭和六二年特許出願公告第三一五四一号公報(以下、単に「公告公報」という。)に記載されたものである。このような場合、原出願の明細書又は図面中に分割出願発明が包含されているか否かの判断は、原明細書又は原図面ではなく、その後適法に補正された明細書及び図面であるところの右公告公報の明細書又は図面(以下、「公告明細書」「公告図面」という。)に基づくべきである。よつて、以下、本願発明と公告明細書及び公告図面に記載のものとを対比して詳述する。
審決は、「原明細書及び原図面には、交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段が接続される線路的手段に伝送される情報としては、交換接続用情報が記載されているだけであり、この線路的手段によつて本体情報をも伝送することについては、何らの記載も認められない。」とし、さらに、「原図面の第3図において、信号用共通線は、交換接続用情報を伝送するにすぎないものであり、そこに伝送される情報が被呼者へ到達するものではないから、前記線路的手段により本体情報を伝送することが自明であるとする根拠はない。」と判断している。
しかしながら、接続用信号電流によつて通信回路が選択接続された後、その経路を通つて、同型の信号電流が発呼者側から被呼者端子に向かつて流れることは公告図面第3―3図(別紙図面(三)参照、)と本願発明の図面とを対比して考えれば明らかである。接続以後の余分信号電流に本体情報が載るか否かは、発呼者、被呼者間のあらかじめの約束であつて、予約ある場合に本体情報が両者の間に伝わるのであり、これは通信系を論ずる際の常識である。右余分信号が原出願の信号回路にも流れ得ることは自明であり、通信系の技術手段として、開示はその程度で十分であるから、そこに本件情報が流れることを改めて付加することを要しない。そして、通常、交換系は通信系の下位概念であるから、本願発明の交換系が一つの通信系の中に包含されることは当然であつて、通信系の技術手段として、前記公告図面が存在する以上、その中に本願発明の交換系が存在することは当然のことである。
公告明細書には、最終電話局において被呼者端子を見出し、入線を右端子に接続するまでのことが記載されており、以後、被呼者が呼び出されるまでは公知の技術手段により処理されることは自明のことである。この呼出信号が交換接続用情報の信号とすれば、右信号は公告図面第3―3図に示されるように被呼者に到達することは明らかである。この公知の技術手段によれば、右第3―3図においても、被呼者端末器と局装置の間は点線で示すように接続され、また、C局の出線が被呼者の端子に接続されると、そこで発呼者と被呼者との間の通信が可能になるもので、公告明細書に記載の発明が公告決定されたのは、交換方式の発明にあたつては、発呼者と被呼者との間の器械装置とその配列に限つて考えられることを示すものである。呼出信号を接続用情報の信号とみなさないならば、公告図面第3―3図において交換接続用情報は最終局のCS内DRで終わりになるが、それに応じて、通話入線は被呼者の端子に連なるようになる。そして、本願発明においては、信号路であり、かつ通話線たることを期待する最終局CS内RSの入線は被呼者に相当するRSの出側端子に接続され、右接続により、本体情報が発呼者と被呼者との間を伝送させるための準備が完了するが、交換装置やその配置は右準備のためであるから、本願発明の明細書には、本体情報が線路的手段を介して伝送されるまでを記載する必要はないものである。
情報とは、信号の種々の形態の選択によつて意味をもたせるものであるから、極めて主観的な条件に依存しているものである。したがつて、選択接続の装置及びその組み合わせにあつて、技術的に本体情報をも信号の形態によつて伝えることができるならば、それは交換方式として確立されたものであつて、そこに本体情報が通ることについて議論するに値しないものである。この点に関して、呼者と複数の被呼者とで一つの班を作つている場合を想定すると、本願発明の明細書第4―1図の系において、発呼者が交換接続用情報を発生した場合に、その接続された先の被呼者の別によつて、それぞれ情報の内容を定めておけば、特定の被呼者への接続をもつて本体情報を伝送できるものであり、このときは、交換接続用情報は同時に本体情報になるものである。このように、交換方式は、公告明細書に明示の記載がなくても、それが本体情報を伝送するという系であることは明らかであるから、交換方式は、本体情報を伝える選択接続機能を有する装置及び配置であれば足りるもので、本願発明は公告明細書に記載されているものである。
原告のいうところの「その構造そのままに、信号形態を適合させさえすれば、本体情報を伝送し得ることは自明である。」との主張は、工学的技術的に可能なことが自明であるというのであり、本体情報の往来の準備を完成し得ることをいうのである。これに対して、審決における「原明細書には、線路的手段に伝送される情報として交換接続用情報が記載されているだけで、本体情報を伝送する記載がない」旨の認定、判断は、それだけでは本願発明が原出願に包含された発明とはいえない、ということの理由にはならない。すなわち、線路的手段に本体情報が流れることが明らかであれば足りるものである。
交換方式とは、通信のための入線を数多くの通信出線の中の一つに選択接続する方法と装置の配置であるから、それによつて本体情報を表す信号が伝送し得る装置の配置であれば、そこに一つの交換方式が存在するものである。そして、発呼者と被呼者との間の通話線の選択接続の方法に係わる発明であれば、発呼者と被呼者の図示は必ずしも必要でなく、この例として、昭和四四年特許出願公告第二九八八三号公報(甲第六号証)の図面第二図及び第三図を挙げることができる。
五 進歩性確認の訴えについて
原告(請求人)の審判請求は、審査における拒絶の理由であるところの、「本願発明に進歩性がない」との判断に対してなされたものである。しかるに審決は、審査において既に肯定されているところの分割要件についての判断をあえて行い、進歩性についての判断には何ら触れていない。しかしながら、本願発明は、信号を並列受信するレジスタDRの存在をして迂回中継線をも選択接続し得るエス・エス交換を可能にしたもので、その効果は極めて大きく、進歩性を有するものであることは明らかであるから、審決の取消しを求めるほかに、本訴において右確認を求める。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
原明細書及び原図面は、昭和五八年八月一八日手続補正されたこと、右補正は却下されたが、右却下決定は補正却下決定取消訴訟において取り消されたこと、原告は昭和五九年四月二四日にも手続補正をなし、右二回の手続補正によつて補正された明細書及び図面が公告明細書及び公告図面に記載されたものであること、はいずれも認める。しかしながら、特許法四四条第一項の規定に基づき原出願から分割して新たな特許出願とすることができる発明は、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面及び分割の際の原出願の明細書又は図面に記載されていることを要件とするものである。
そこで、本願発明と原明細書及び原図面に記載された発明とを比較し、その相違について詳述する。
1 本願発明の目的、構成及び効果は次のとおりである。
(一) 発明の目的
本願明細書第一頁第一〇行ないし第一四行に共通制御型であるクロスバ型及び電子型交換方式について、また同第一頁第一五行ないし第二頁第二行に旧来のステツプ・バイ・ステツプ(S×S)型交換方式についての記載がなされ、次いで同第二頁第三行ないし第七行に「本願発明の目的は両者の欠点をすて長所を併せた新らしい交換方式を得るにある。又他の目的は、前記目的に適した信号形態例えばデイジタル信号を採用して新らしいS×S交換方式を得るにある」と記載され、更に、同第三頁第六行ないし第一〇行に「上記在来の中央制御型では(中略)情報伝達によつて無駄な時間を消費する欠点がある」と記載され、また同第四頁第三行ないし第七行に旧来のS×S型について「機械的駆動のため、この動きに見合つた速度の信号でなければならぬことで、接続を速やかにするには限度がある。その上に情報信号を蓄積せぬため、迂回中継路の通信網には利用できぬ欠点がある」と記載されていることからみて、本願発明の目的は、情報伝送にとつて無駄な時間を省き、また迂回中継路の通信網に利用可能とすることであると理解される。
(二) 発明の構成
(a) その特許請求の範囲に記載されたとおりの、縦続する交換局を包含する通信系において、
(b) 交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態に於て送出する手段と、
(c) 該交換接続用信号を伝送する線路的手段と、
(d) 該線路的手段に接続されて交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段と、
(e) 該レジスタ的手段の蓄積する情報によつて通信出線を行先別に選択する選択接続手段とを具備し、
(f) 上記線路的手段によつて上記本体情報をも伝送することを特徴とする、
(g) 新しいステツプ・バイ・ステツプ型交換方式
(三) 発明の効果
(a) 迂回中継が可能となる(本願明細書第七頁第七行ないし第八行)
(b) 接続情報の伝送に無駄な時間を消費することを排することができる(本願明細書第七頁第九行ないし第一一行)
(c) 専用信号線を本体情報の伝送に兼用できる。すなわち、本願発明は、交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態に於て送出する手段を備え、交換接続用信号を伝送する線路的手段によつて本体情報をも伝送することを、発明の構成に欠くことができない事項とするものであり、また、本願明細書第四頁第一七行ないし第五頁第五行に「通信すべき本体情報がアナログ型の信号形態であるとか、専用信号線にむかないデジタル型である場合ではなく、信号線に乗りうる信号形態で伝送される場合は、本願発明の専用信号線システムのみによつて接続用情報の蓄積可能な、即ち迂回中継の可能な、同時に接続の速かな、S×S型交換方式を実現している。」と記載されていることからみて、本願発明においては、レジスタ的手段の接続される線路的手段が、専用信号線である場合を含むものであると解されるから、本願発明は、専用信号線を本体情報の伝送に兼用できる、という効果を奏するものである。
2 原明細書又は原図面に記載された発明の目的、構成及び効果は次のとおりである。
(一) 発明の目的
縦続する複数の交換局を介して発呼者と被呼者を接続する場合において、接続に要する時間を短かくすること
(二) 発明の構成
(a) 縦続する交換局(A局、B局、C局)を包含する通信系において
(b) 交換接続用情報を適合する信号形態に於て送出する手段(CD)と、
(c) 該交換接続用信号を伝送する信号用共通線と、
(d) 該信号用共通線に接続されて交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ(DR)と、
(e) 該レジスタ(CD)の蓄積する情報によつて通信出線を選択する第一の選択接続手段(AX、BX、CX)と
(f) 該レジスタ(CD)の蓄積する情報によつて信号用共通線を行先別に選択する第二の選択接続手段(RS)と、
を備える同時交換方式
(三) 発明の効果
接続に要する総接続時間をほぼ一電話局のそれとほぼ同等にすることができること(原明細書第二頁第七行ないし第八行)。
3 本願発明(前者)と原明細書又は原図面に記載された発明(後者)とを対比する。
(一) 発明の目的について
接続に要する時間を短かくするという点では、前者と後者の目的は一致している。しかし、前者の目的である迂回中継路の通信網に利用可能とすることは、後者の目的とされていない。
(二) 発明の構成について
(a) 両者は、縦続する交換局を包含する通信系において
(b) 交換接続用情報を適合する信号形態に於て送出する手段と、
(c) 該交換接続用情報を伝送する線路的手段と、
(d) 該線路的手段に接続されて交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段と、
(e) 該レジスタ的手段の蓄積する情報によつて交換接続用信号を伝送する線路的手段を行先別に選択する選択接続手段と、
(f) を備える交換方式
という点では一致するが、次の(g)、(h)の点で相違する。
(g) 前者が、交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態に於て送出するものであるのに対し、後者では、交換接続用情報だけを適合する信号形態において送出するものである点、
(h) レジスタ的手段が接続されるところの線路的手段によつて伝送されるものが、前者では交換接続用信号と本体情報であるのに対し、後者では交換接続用情報だけであり、それに伴つて、前者では、右線路的手段によつて伝送される情報を発呼者端末および被呼者端末へ到達させるための構成を有しているのに対し、後者では、そのような構成を有しておらず、本体情報の伝送は、交換接続用信号を伝送する信号用共通線とは別個の伝送路によりなされるものである点
(三) 効果について
(a) 後者も、交換接続用情報を蓄積するレジスタ的手段(DR)は交換接続用情報の全桁を蓄積するものであり、かつ、交換接続用情報の全桁を蓄積する手段を設けることにより迂回中継を可能とすることは慣用技術であるから、前者の「迂回中継が可能となる」という効果は後者によつても奏することができる。
(b) 後者は、本体情報を伝送する通話路としての線路的手段とは別個の信号用共通線としての線路的手段を設け、通話路の接続を、縦続する複数の交換局においてほぼ同時に行うことにより、通話路の接続に要する総接続時間を一電話局のそれとほぼ同等にすることができるものである。しかしながら、前者は、通話路の接続は、ステツプ・バイ・ステツプでなされるものであつて、後者の如き同時型とすることはできないものであるから、両者の効果は本質的に相違する。
(c) 前者では、交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態に於て送出する手段を有し、右線路的手段によつて本体情報をも伝送するものであり、それに伴い、右線路的手段によつて伝送される本体情報を発呼者端末および被呼者端末へ到達させるための構成を有することにより、右線路的手段であるところの専用信号線を本体情報の伝送に兼用することができる、という効果を奏するものであるが、後者では、本体情報を適合する信号形態に於て伝送する手段を有していないばかりでなく、信号用共通線によつて伝送される情報を発呼者端末および被呼者端末へ到達させるための構成を有しないものであるから、信号用共通線により本体情報を伝送することはできず、したがつて、後者では、信号用共通線を本体情報の伝送に兼用することができる、という効果を奏することはできないものである。
4 以上総合すると、本願発明は、交換接続用情報と伝送すべき本体情報とを適合する信号形態において送出する手段を具備するものであり、レジスタ的手段の接続される線路的手段によつて本体情報をも伝送する点で原明細書又は原図面に記載された発明と構成上相違し、この構成上の相違に基づき、本願発明は、専用信号線を本体情報の伝送に兼用することができるという効果を奏するものであり、この効果は原明細書又は原図面に記載された発明では奏することができないものである。
したがつて、本願発明は、原明細書及び原図面に記載された発明の構成要件以外の要件をその構成に欠くことができないとするものであるから、本願発明が原出願に包含された発明であるということはできないとした審決の判断に誤りはない。
原告は、公告明細書には、線路的手段に本体情報を伝送する旨の開示がないとしても、そこに本体情報が流れることが明らかであれば足りるものであると主張する。
しかしながら、原明細書及び原図面において、本体情報が、レジスタ的手段が接続される線路的手段に流れ得ることが自明であるとはいえない。すなわち、原明細書及び原図面には、右線路的手段が信号用共通線であり、交換接続用情報を伝送するものであること、及び本体情報が右線路的手段とは別の伝送路で伝送されるものであることが記載されている。そして、本体情報を伝送する伝送路と交換接続用情報を伝送する信号用共通線とを有する交換システムにおいて、信号用共通線に本体情報を流すものでないことは、当業者の常識的な事項である。
また、原告は、交換システムの発明に関し、明細書及び図面に発呼者、被呼者が記載されていない例として、昭和四四年特許出願公告第二九八八三号公報を提示し、明細書には、本体情報が線路的手段を伝送される段階までを記載する必要はない旨主張する。
しかしながら、右公報記載の発明は、分離共通線信号方式を用いた電信電話交換設備に関するもので、分離共通線信号方式が、ライン信号、レジスタ信号、及びその他制御信号等は、通話路とは別途の、しかもいくつかの通話路に共通に設けられた信号路を介して伝達されるものであり、右公報の第二、第三図において、通話路がスイツチ10、20、30で接続される中継線13、33で構成されること、及び信号路が制御装置11、21、31を接続する線路14、34で構成されることは明らかであり、そこに発呼者及び被呼者の図示がないとしても、通話路について明示されている以上、発呼者と被呼者がその通話路を介して接続されるものであることは明らかである。
さらに、原告は、余分信号が原出願明細書の信号回路に流れ得ることは自明である旨主張する。
しかしながら、右余分信号が、どのような原理により形成されるどのようなものであつて、どのような原理によりどこからどこへ流れるものであるのか明らかでないから、右余分信号なるものの存在を容認することはできない。仮に、右余分信号が、交換接続用信号によつて通信回線が選択接続された後に、信号用共通線を通つて発呼者端末から被呼者端末に流れるものであるとすれば、原明細書及び原図面には、そのような信号の記載は存在しない。
三 同五(進歩性確認の訴えについて)は争う。
本件訴訟は、審決に係わるものであり、特許法第一七八条第一項に規定されるところのものである。そして、右訴訟においては、審決の当否が判断され、当該審決が違法に行われたと判断されたときに当該審決が取り消されるにとどまるものであり、確認請求はできないものと解される。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
原告は、本願発明が分割出願としての要件を具備しているか否かの判断は、原明細書又は原図面ではなく、原出願後適法に補正された明細書又は図面である公告明細書又は公告図面に基づくべきである旨主張する。
昭和四五年五月二一日原出願がなされ、その後、昭和五八年八月一八日及び昭和五九年四月二四日の二回にわたり手続補正がなされ、昭和六〇年一二月一三日原出願の分割出願として本願発明の特許出願がなされたこと、右昭和五八年八月一八日の手続補正については却下決定があつたが、これに対する不服の訴え(東京高等裁判所昭和五九年(行ケ)第二八七号事件)について、却下決定取消しの判決があり、右判決は確定したこと、前記二回の手続補正により補正されたものが、公告公報に記載されている公告明細書及び公告図面であること、は当事者間に争いがなく、成立の争いのない甲第二号証によれば右公告公報は、本願発明についての出願がなされた後の昭和六二年七月九日出願公告されたものであることが認められ、また、前記補正却下取消訴訟の判決が昭和六一年四月二四日言い渡されたことの事実は当裁判所に顕著な事実である。右事実によれば、前記公告明細書及び公告図面の記載は本件分割出願前になされた原明細書及び原図面の補正に基づくものであるが、このように、原明細書及び原図面が分割出願前に補正されている場合であつても、分割出願に係る発明は、原明細書又は原図面にその技術的事項が開示されていることを要するものである。なぜならば、特許出願の分割は、一出願により二つ以上の発明につき特許出願をした出願人に対し、右出願を分割するという方法により、各発明につき、それぞれもとの出願の時にさかのぼつて出願がされたものとみなして特許を受けさせるというものである(特許法(昭和三四年法律一二一号)第四四条第一項、第三項)から、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されていない技術的事項を分割出願する場合に当初の特許出願の一部を分割したものとしてその特許出願の効力をもとの特許出願の時に遡及させることは分割出願制度の趣旨に反することとなるからである。
したがつて、分割出願の要件を具備しているとするためには、原出願の願書に最初に添付した明細書及び図面に分割出願に係る発明の技術的事項が記載されていることを必要とするものであつて、原出願後に補正された明細書及び図面のみに基づいて判断すべきであるとする原告の前記主張は採用することができない。
そこで、原明細書及び原図面に基づいて本願発明は分割出願の要件を具備しないと判断した審決の当否について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第三号証、及び甲第七号証によれば、本願明細書及び昭和六三年二月三日付手続補正書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
本願発明は、新しいステツプ・バイ・ステツプ(S×S)型交換方式に関するものである(明細書第二頁第三行ないし第七行)。
従来のクロスバ型、電子型交換方式であるところの中央制御型交換方式は、交換接続用情報を複数の局に伝達させる場合に、各局は、自局で必要とする交換接続用情報以外の交換接続用情報をも送られてくるために、情報伝達にとつて無駄な時間を浪費するという欠点があり、また、同じく従来のステツプ・バイ・ステツプ(S×S)型交換方式は、右欠点はないが、それが機械的な駆動であるため処理できる信号の速度に限界があり、しかも情報の蓄積ができないため迂回中継路の通信網に利用できない欠点があつたが、本願発明は、右二つの交換方式の欠点を除去した新しい交換方式を得ること、及び右新しい交換方式に適した信号形態、例えばデジタル信号を採用して、新しいステツプ・バイ・ステツプ(S×S)型交換方式を得ることを目的とし(明細書第一頁第一〇行ないし第四頁第七行)、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成を採用したものであつて、線路的手段に、交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段が接続され、この線路的手段によつて、交換接続用に供されない情報であつて、発呼者と被呼者との間における通話等の情報である本体情報をも伝送することを、必須の構成要件とするものである。
本願発明は、右構成を採用したことにより、専用信号線を本体情報の伝送に兼用できること(明細書第四頁第一七行ないし第五頁第五行)、迂回中継を可能とし得ること(明細書第七頁第七行、第八行)、接続情報の伝送に無駄な時間を消費することを排することができる(明細書第七頁第九行ないし第一一行)等の作用効果を奏する。
(二) 成立に争いのない乙第四号証によれば、原明細書及び原図面には、原明細書及び原図面記載の発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されていることが認められる。
従来の交換方式は、発呼者が被呼者を呼び出す場合に、信号入力時間(主としてダイヤルパルスの送出時間)について出線探索時間があり、ついでリレー等が動作して入線と出線とを接触させる接触時間が必要であつた。そして、これが各交換局を介する度に直列に加わると、相当の時間を必要とするという欠点があつたが、原明細書及び原図面記載の発明は、かかる動作を並列して行い、接続に要する時間を短くすること、及び被呼者が通話をなし、発呼者がこの内容に若干の思考、行動をなして再び被呼者と継続通話することが必要な場合、発呼者の思考時間中を中途通話系をフリーにして他の通話の用に供し、発呼者が再通話を欲するとき、その旨の信号を押しボタン等で発するだけで被呼者と瞬時に再接続することができるようにすることを目的とし(第一頁第一〇行ないし第二頁第一八行)、その特許請求の範囲に記載された構成、すなわち、1各交換局に共通線信号を設け、共通信号線を介して被呼加入者番号を並列に受信せしめることによつて交換機の接続動作を同時的に完了させて、接続時間の短縮をなすことを特徴とする同時交換方式、2右1記載の交換方式において、さらに解放信号識別器を備え、被呼者あるいは発呼者よりの臨時的解放信号によつて交換機を解放し、さらに被呼者番号レジスタを具え再接続信号によつてその都度その内容を共通線信号系に送出して新しくルートを作るごとき、通話中に臨時的解放と再接続とを任意に行い得ることを特徴とする同時交換方式を採用し(第九頁第六行ないし第一九行)、右構成を採用することによつて、前記二つの目的を達成できる等の作用効果を奏する(第二頁第七行ないし第一〇行、第八頁第一〇行ないし第九頁第五行)。
(三) 前記(一)及び(二)認定の事実によれば、本願発明は、線路的手段に、交換接続用情報を並列受信して記録するレジスタ的手段が接続され、この線路的手段によつて、発呼者と被呼者との間における通話等の情報である本体情報をも伝送することを必須の構成要件とするものであるところ、原明細書及び原図面記載の発明は、発呼者が被呼者を呼び出す際の交換接続動作の短縮をするため、各交換局に共通信号装置を設け、共通信号線を介して被呼加入者番号を並列受信せしめるようにしたものであつて、前掲乙第四号証によれば、原図面第3図には、いわゆる通話路スイツチとしての第一の接続手段(AX、BX、CX)を介した、発呼者端末と被呼者端末を結ぶ回路手段が記載されていること、原明細書には、レジスタRに関し、「加入者Uはダイヤルするか、又は他の形の信号で被呼者番号を送出するとレジスタRに蓄積される。RはA局の他の共通制御装置と別に、発呼者の加入線に接続を継続され、最終的終話まで動作する。Rの内容は一実施例として呼者Uの信号送出の指令によつて、コーダCDを通じて適当な信号形態例えば(本発明の一実施例としてのデイジタル信号)に変換され自局の共通線信号装置に送出される(第四頁第六行ないし第一四行)。」との記載、信号用共通線を行先別に接続するスイツチRSに関しては、「このRSの動作完了まで遅延回路Dによつておくらされた信号はスイツチSをとおつてRSより次の階梯のB局の共通線信号装置に送出される(第四頁第一九行ないし第五頁第一行)。」との記載が認められ、右記載からすると、発呼者端末と被呼者端末との間の本体情報の伝送は、いわゆる通話路スイツチとしての第一の接続手段(AX、BX、CX)を介して行われるものであり、レジスタRに蓄積される信号は、ダイアルパルス等の被呼者番号を意識したものであつて、右信号の中に本体情報が含まれているものとは認められない。また、レジスタRの内容は、発呼者Uの信号送出の指令によつて、コーダCDを通じてデジタル信号等の適当な信号形態に変換され、自局の共通線信号装置に送出されるという点についてみても、発呼者Uの信号送出の指令についてなんら説明がなく、それは単に被呼者番号をダイアルしたことを意味するものと解さざるを得ないから、右信号形態の中には本体情報は含まれないと理解される。そして、スイツチSを通つてスイツチRSよりB局に至る共通線信号装置に送出される信号も、コーダCDを通じてデジタル信号等の適当な信号形態に変換された被呼者番号であり、本体情報は含まれないものと認められる。また、前掲乙第四号証によれば、原明細書には、番号情報に関して、第五頁第四行ないし第七行、第五頁第一三行ないし第六頁第四行、第六頁第八行ないし第一二行及び第八頁第一行ないし第五行等に記載が存するが、いずれも本体情報を含むものではない。右第八頁第一行ないし第五行の「信号はダイヤルパルスか、多周波信号の組合せであり、この時間が一〇~一五秒かかる。本発明ではこれを第3図のコーダCDによつてデイジタル化して一〇数ミリセコンドになすものである。」との記載における信号は、ダイヤルパルスか、多周波信号の組合せであり、この時間が一〇秒~一五秒かかると記載されていることから右信号とは、明らかにダイアルパルス等の被呼者番号であるものと解され、その中には、本体情報は含まないものと解さざるを得ない。
これらの点からすれば、原明細書及び原図面には、レジスタ的手段が接続される線路的手段に伝送される情報としては、交換接続用情報(被呼者番号)が記載されているだけで、右伝送される情報の中に、本体情報が含まれていることを示す記載はどこにも見出すことができないものである。
原告は、「接続用信号電流によつて通信回路が選択接続された以後の余分信号電流に本体情報を載せるか否かは、発呼者と被呼者間であらかじめ定めた約束事であつて、右約束がある場合に本体情報が両者間に伝わることは通信系における常識的事項である。そして、右余分信号電流が原出願の信号回路にも流れ得ることは自明であり、通信系の技術手段として、開示はその程度で十分である。交換系は通信系の下位概念であるから、本願発明の交換系は一つの通信系の中に包含され、この場合に、通信系の技術手段として公報明細書が存在する以上、その中に本願発明の交換系が存在することは当然である。」旨主張する。
そこで検討するに、一般に通信を行う場合は、まず交換接続用情報(番号情報)を用いて所定の発呼者と被呼者の間の回線を接続し、しかる後に、右回線を用いて本体情報を伝送させるものである。そして右通信網としての一定の秩序を保ち、多くの情報を伝達させ得るようにするため、交換接続用情報、本体情報双方についていずれも所定の規格に適合した形態のものを用いる必要があること、交換接続用情報が流れる信号回路に本体情報をも流し得るには、右信号回路と発呼者との間、及び右信号回路と被呼者との間に、本体情報を載せる電流を右信号回路に結合させる所要の装置を必要とすることはいずれも技術常識であつて、明細書中に交換接続用情報を伝送させるべく構成された信号回路の開示があつたとしても、それが直ちに本体情報をも伝送させることを意図した開示をおこなつているものと認めることはできないものである。したがつて、通信回路が選択接続された以後の余分信号電流に本体情報を載せることは、発呼者と被呼者間で予め定めた単なる約束事であるとはいえず、仮に、そのような約束事があつたとしても、それは決して通信系における常識的事項であるとはいえない。そして、前掲乙第四号証によれば、原明細書及び原図面には、本体情報を交換接続用情報が流れる信号回路に結合させる所要の装置について何らの記載もないことが認められ、しかも、右所要の装置は当業者にとつて自明であるとは認められない。したがつて、原明細書及び原図面には、本体情報を交換接続用情報が流れる信号回路にも流す技術手段を開示しているものとはいえない。
また、原告は、「発呼者と被呼者との間の通話線の選択接続の方法に係わる発明であるときは、昭和四四年特許出願公告第二九八八三号公報の図面第2図、第3図にあるように、発呼者と被呼者の図示は必要でない」旨主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第六号証によれば、右公報には第2図、第3図のほかに、第1図の記載があり、右第一図は、分離共通線信号方式を採用した電信電話交換設備に本発明による通話路の確認方式を適用した場合の周辺動作を説明する中継方式図であつて(右公報第一頁右欄第二一行ないし第二三行)、これには発呼者、被呼者が記載されていること、第2図、第3図は通話路確認試験を適用した場合の説明図であつて(同公報第二頁右欄第三五行、第三六行、第三頁右欄第八行、第九行)、当該説明のため、右第1図のうちの必要個所を取り上げて記載したものであることが認められ、右認定事実からすると、第2図、第3図を第1図に重ね合わせて見た場合、そこには通話路の両端に発呼者、被呼者が記載されているものと認められ、この点における原告の主張もまた採用し得ない。
したがつて、本願発明は、原明細書及び原図面に記載された事項の範囲外の事項を構成の欠くことができない事項とするものであるから、本願発明が、原出願に包含された発明であるとはいえないものであるとした審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
三 発明の進歩性確認の訴えについて
原告は、本訴において「原告が昭和六〇年一二月一三日特許出願した名称を「新エス・エス型交換方式」とする発明に進歩性があることを確認する。」との判決を求めているが、確認の訴えは、その対象が具体的な権利または法律関係であることを要するのであり、原告の右訴えの対象がこれに当たらないことは明らかであるから、本訴は不適法な訴えとして却下すべきものである。
四 よつて、原告の審決の取消しを求める訴えについてはその請求を棄却し、発明の進歩性確認を求める訴えについてはこれを却下し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤井俊彦 竹田稔 岩田嘉彦)
別紙図面(一)、(二)、(三)<省略>